INTERVIEW
ゲスト:小野 緑(ライター)
第7回『31年目からのリニューアル……新たな使命に向かって』30周年の年を充実感いっぱいで終えたANRIさん。31年目に入り、すでに様々なリニューアルにとりかかりつつ、新たな夢に向かって歩き始めているようです。30年目の手応えと、これから向かうべき方向などを、ライターの小野緑が聞きました。視野がより拡がり、既に、次へのチャレンジを始めている彼女の、確かな言葉が心に響きます。
小野2008年を振り返っていかがですか? 記念すべき30周年の年だったわけですが、私はなんと言ってもZeppツアーが素晴らしかったと思います。2部構成で、内容も盛り沢山で、シンプルかつアットホームな雰囲気でありながら、とっても見応えにあるステージでした。
杏里ありがとうございます。でも、実はいろいろな意味で冒険だったんですよ。リハーサルにたどり着くまでが、試行錯誤の繰り返しで、何がいちばんいいんだろう? どうすれば皆さんに喜んで頂けるんだろう?ってね。25周年のときは、ひとつの区切りとして、パシフィコ横浜で派手にやったんですけど、今回は、Zeppという会場を生かした、クラブツアー的なものにしたかったので、今まで自分が30年間やってきたものを、どう伝えられるか、表現できるかがテーマでしたから。
小野30年の間に様々なステージをやってきて、もうやり尽くしてきたように見えても、まだまだ試行錯誤なんですね?
杏里そうなんです。今まで私は、いろいろと大規模なステージもやってきましたし、その中で、ホントにその都度、最新の技術を取り入れて、やれるだけのことはやってきました。だから、今回は敢えて、余計なものは何もないところからスタートしてみようと……それでできたのが、あのステージだったんですよ。セットがシンプルな分、ライティングに力を入れて、その中で、バンドが引き立つことを意識しました。映像を使おうか……という話もあったんですが、そういうことはみんながやっているので、とにかく原点に戻って、音と、それを聞く人達の想像力とで感動してもらえるようなステージにしたかったんで。それに、これまで私を応援してくださったファンの方たちだけじゃなく、まだ私のステージを一度も見たことのない方もいらっしゃるので、そういう方々全員に、30周年を表現して感動してもらえるようなステージにしたかったんです。それで、オープニングも、音と声で30年を振り返ることができるもの、声でイメージできるものにしてみたんですよ。
小野やはり、杏里さんの魅力は、まず声ですからね。ボーカルの素晴らしさ。シンプルだけど、とってもゴージャスな印象がありました。でも、何しろ楽曲の数がたくさんあるから、曲選びや、構成は悩んだんではないですか?
杏里悩みましたねえ。曲数が多いので、どうしても歌いきれないですよね。それでも、なんとかできるだけ歌いたいっていうことで、2 部構成にして。1 部はバラードのみで、それも、みんながわかる、いちばんリクエストの多いものを選びました。バラードだけでも、何十曲もあるので、絞りに絞って、なるべく飽きないよう、みんながいろいろ思い出せるような曲順にしたつもりなんです。それで、1 部と2 部とのインターバルの間も飽きないにようにSEを作って、インターバルから2 部に行く流れもかなり考えました。
小野そう言えば、こういう構成のライブも、初めてですよね?
杏里そうですね。今までやったことのない構成ですね。ただ、1 部がバラードで2 部がダンサブルなもの……という簡単な分け方ではなく、全体的に流れがきちんとあって、飽きずに、心から感動していただけるよう、「来て良かった!」 と思っていただけるようなライブにしたかったんで、本当に何度も何度も考えました。当然のことなんですけど、私自身も、ものすごく力が入っていましたからね。だから、今回は、本番が始まるまでの作業がすごく大変だった分、始まったら、もうあとは行くしかない!っていう感じでしたね。ただ、緊張感はものすごかったです。緊張するっていうのは、余裕がなくなるのではなく、気合いが入ることなんですよ。だから、緊張すればするほど、いいライブになる予感があるので、ある種、安心でもあるんです。だから、今回、本番前は身内とも誰とも会わないで、緊張の糸を張れるだけ張ってステージに臨みました。 小野:ということは、リハーサルもかなり時間をかけたんですか?
杏里私の性格は、何でも早め早めにやらないと気が済まないんですよ、曲作り以外は(笑)。だから、レコーディングをしている時点から、曲順やアレンジのイメージは考えていて、プリプロに入ったんです。でも、プリプロもリハーサルも、今回はすごく短かった。リハーサルが長いと、その時間を無駄に使ってしまうことが多いのが、この30年間で学んだことなんで、短期間でリハーサルを行うという新しい試みを今回やって。それが結構よかったんです。たぶん、みんなの集中力が違ったんでしょうね。その結果が、ステージに反映されていたと思います。そういう意味でも、今年のライブっていうのは、30周年の記念ライブに相応しいものだったと思いますね。
小野デビュー当時の懐かしいシングルメドレーでは、ANRIさんもとっても照れてましたけど……(笑)。でも、あれは嬉しかった。
杏里ホントにもう、あれはね……(笑)。「コットン気分」なんて、もう恥ずかしくて。デビュー当時の声と今では全然違うじゃないですか。アレンジも違うし。今のサウンドの中に、あの時代のサウンドを埋め込むのは、バンド的にも難しかったんですよ。でも、ここはひとつ、敢えて照れずにやっちゃおう!ってことでね。いちばん大切なのは、聞きたいっていうファンの皆さんの声だから。でも、本当にやってよかったって思っています。ファンの方達が、本当に楽しんでくれたから。始まったとたんに、“うっそ〜〜〜!”みたいな顔で、それがステージから見えるんですよ。“こんな曲、やっちゃうわけ?”みたいな。そのリアクションが本当にうれしくて、何で今まで私はやらなかったんだろうって思いました。まだまだ歌いきれてない曲がいっぱいあるので、これからのライブの選曲に関しては、いろんな角度から考えていくべきだなって、いい意味で勉強させられました。
小野どんどんいろいろな歌をよみがえらせて欲しいです。曲は本当にたくさんありますものね。その分、まだまだ新しくやれることがあるということですね?
杏里そうなんです。今までやっていない曲がこんなにあったんだって。で、客席のリアクションも新鮮でね。男泣きというのを久しぶりに見ました。女性のファンの方が感動して泣いている姿はたくさん見てきましたけど、男性が泣いているのをステージから見ることはあまりないから。Zeppなんで、後ろの席まで見えちゃうんですよ。女性はハンカチで目頭を押さえますけど、男性は大粒の涙を流したまま、なかなか拭わないんです。そして、最後にググッと腕で涙を拭う。それをステージの上から見たときは、感動しましたね。男泣きって素敵だなあって思いました。
小野今回は、男も泣かせるステージだったと。
杏里そうですね。自分でも音楽の底力を感じることができました。男女を問わず、何年もコンサートに来ることができなくて、久しぶりに見に来た方が多かったと思うんですよ。そういう方々にとっては、青春時代に戻ったような感じだったんじゃないでしょうか。今回のステージに『Dance With Nostalgia』っていうタイトルをつけたのは、そういう意味もあったんです。で、2 部の頭の曲を「Dance With Nostalgia」にして、そこから2〜3曲はMASTERTEMPOにアレンジしてもらったんです。今の幅広い世代に伝えたいと思ったんでね。ダンサーも20代で、ステージの上では、親子の世代が一緒にライブをやってる感じ。それがまた面白かったし。ホントに、ファンの方も含めて、強い絆で繋がっているツアーだったなあって。
小野2 部で、久しぶりに踊るANRIさんを見ることができました。思わず一緒に体が動いちゃいました(笑)。
杏里いやあ、1時間半ぐらい踊るのは大変だったんですけど、自分で数カ月前からトレーニングをしたり、食事制限をしたりしたので、体力はもちましたね。もちろん、いつかは限界が来るとは思いますが、体より、まずはメンタルがヘルシーじゃないといけない。気合いというかね。
小野ライブをやりきって31年目に突入した今、改めて思うことはどんなことでしょう?
杏里とにかく感謝の気持ちで一杯です。応援し続けてくださったファンの方々、バンド、スタッフ、いろいろな人達に感謝ですね。みなさんが頑張ってくれたんで、私はその御神輿に乗って、あんな風にピョンピョンと跳ねて、歌って踊れた気がします。30年やってきて、いろいろ手に入れたものはあるけれど、それに甘んじることなく、原点に戻って自分なりに強い意志をもって、まだまだやることがあるなあと、今思っています。私もモバゲーで慣れない日記をたまに更新したりしているのですが、アンケートや、ファンの方々のコメントを見てると、皆さんそれぞれの環境で違う悩みを持って苦しんでいたり、悩んでいたりするんですね。そういった周りから聞こえてくる声がとても気になっていて……。音楽というものは常に成長していかなければいけないものだと思うし、自分なりにいろんな形で作品を提供していく事が大切なんじゃないかと思います。皆さんの人生の出来事のある瞬間に上手く私の音楽がマッチしたときに、それが感動してもらえる作品になるんじゃないかな。これからもストップせずに前進のみ。進むしかないと思います。以前にも増して、さらにやる気が自分の中に沸いてきていますね。
小野31年目にして、何だか、今がいちばん旬な感じがします。
杏里いろいろなことを乗り越えてきて、いろいろ消化して、よけいなものが取り払われた自信ですよね。ただ強いだけではない自信。だから、30周年ライブの最終日の東京は、本来なら私は泣いてしまうような、感動のライブだったんですけど、泣かなかった。これからスタートなんだっていう気持ちがあったからなんです。それと、ステージの上から皆さんの涙をたくさん見たので、自分はそれを飲み込んでしまおうと。そして、それが汗という形で出たんです。本当にたくさん汗をかきました。みなさんの涙と、私の涙が体から吹き出してくるのを感じましたね。私の涙に代わる、精一杯の汗だったんです。
小野涙が汗に変わるなんて、素敵ですねえ。ライブをやり続けている人にしかわからない感覚だと思いますね。ところで、2008年いっぱいでファンクラブという形をクローズすることを決めたそうですね?
杏里ずっといろいろ考えていたのですが、理由はいくつかあるんです。まず、ファンクラブの会員の方だけでなく、ファンクラブに入っていないファンの方もいらっしゃるので、会員とか非会員という差別化をしないで、一度ニュートラルな形にしてはどうかという意見があったこと。それと、会報というアナログな情報発進でなく、時代的に、インターネットを充実させて、広く情報を提供していくようにしたかったこと。私はどちらかというと、何でも新しいものはいち早く取り入れるタイプなんですけど、インターネットに関してだけは、やはりパソコンが得意でない方がいたり、インターネットをやっていない方がいることを考えて、あまり積極的ではなかったんですね。でも時代的に、そろそろ変えていかないといけないかなと。
小野環境がすごいスピードで変化してきていますからね?
杏里そうなんですよ。もちろん、私自身がずっと音楽をやっていくという姿勢は絶対に変わらないんですが、来年から私自身も、少しずつリニューアルをしていきたいなという思いが、理由としてはいちばん大きいんです。だから、周りの方々の意見なども聞いて、今回の決断をしました。
小野リニューアルということは、ファンクラブのことだけではなく?
杏里そうです。いろいろな意味で、私自身の環境をリニューアルしたいと思っているんです。もう31年目に入りましたけど、この30年間、1年も休まずに走り続けて来た中で、これからもずっと続けていくためには、どこかで区切りをつけたり、変えていくこと必要なんじゃないかなと。
小野そうですね。何かをやめるということはマイナスのイメージがありますが、私は、続けるために何かをやめ、変わらなければいけないことは絶対にあると思います。何かをやめるということも、前向きな変化だと思いますよ。
杏里そう! そうなんですよ。ファンの方達を傷つけてしまうかな? とか、いろいろ考えましたけど、私が歌い続けていくために、音楽をずっと続けていくために、何かをここで打ち切ってリニューアルしていくということをやらないと、絶対にダメだなと思ったんです。それも、私自身がやっていかないと。だから、ファンのみなさんには、とにかく歌えなくなるまで、音楽は続けていきます! とういことだけは絶対に約束したいと思っています。
小野ANRIさんの中には、ファンクラブが有る無し関係なく、ファンへの想いっていうものが、常にありますものね?
杏里そうですね。そういう意味での私の気持ちは、今までと全く変わらないです。逆に、ファンクラブが無くなることで、どうやったらファンの方々に楽しんでいただけるか?っていうアイデアが、いろいろまた沸き上がってきていますし。ホント、いろいろ考えているんですよ。今までになかったスタイルのコンサートをやろうかなあとか。私を応援してくださる方全員、私のライブに来てくださる方全員が、言わばファンクラブのメンバーなんだということですよね。情報に関しては、WEB をもっと充実させていきますので、ライブに関しても、いち早くみなさんに伝わるようにしていきたいと思っています。
小野しかし、30周年って簡単に言いますけど、何かをやり続けるのって、大変なことですよね?
杏里そうですね。オリジナルのアルバムを作るときは、いつも締め切りに終われて、苦しくて辛くて、もうやめたいって思ったり、締め切りに間に合わない!って思ったことも何回もあったんですよ。ファンの方々の期待に応える作品にしなきゃという、もうその重圧でボロボロになったこともありました。でも、それをやってきて、今はよかったなあって思います、本当に。何かをやり続けるっていうことは、大変なことなんですね。でも、それによって得るものは、もっと大きいということも感じていますので、私にとっては、音楽をやることは使命だなといます。まだまだやっていかなきゃならないことはたくさんあるし、その使命を達成しなきゃならないし。そのためのリニューアルなんです。
小野ANRIさんも、逞しくなりましたね?(笑)
杏里そうかな(笑)。人間、完璧な生き方なんてできないでしょ? 失敗を何度も繰り返して、悩んで学んで成長して……。苦しいことを乗り越えたことが自信につながるんですよね。そういう信念をもってやって来れたことと、いろいろ経験したことで、ただ図太くなるのではなく、いい意味で強くなれた気はします。
小野それは、絶対にいいことです!(笑)
杏里そうそう。これからも、大変な時期ってまたあると思いますけど、何があっても大丈夫という覚悟で生きていくのも大事だなと。ファンのみなさんもそれぞれ頑張って生きていらっしゃると思います。失敗をたくさん経験して、大変な思いをたくさんした人ほど、それがこれからの人生の財産になるんだっていうことを、みなさんに伝えたいですね。で、そんな人生の中で、音楽が少しでも助けや救いになればと。それが私のやり続けていく目標の一つなんですよ。私自身も生身の人間として、いろんな経験をしてきました。痛みや苦しみを乗り越えて、喜びを分かち合ってきて……。これからもそういう気持ちをもちながら、しっかりと大きく目を見開いて、前を見て頑張って生きていきたいなと思っているんです。
小野もうすでに、来年に向けての仕事もスタートしているようで……。これはまだ公表できないことのなのかもしれませんが、この間、来年用の杏里さんの写真撮影をしましたよね。そのとき、初めて衣装として着物を着て撮ったのを見て、とっても新鮮でした。
杏里1年ぐらい前に染織家の山石康裕さんという方と出会って、日本の伝統文化としての着物というものに、すごく興味をもつようになったんですよ。着物に対する知識もなかったのですが、山石さんから話を伺ったり、作品展で素晴らしい作品を見せていただいたり、着物を羽織らせていただいて、その素晴らしさに、私も着てみたいなあと、思っていたんです。
小野初めてとは思えないほど、素敵に着こなしていましたよ。しかも、杏里さんなりの動きやポーズで、新しい着物モードができあがっているのはさすがだなあと思いました。
杏里改めて思いましたが、山石さんの着物は、素材のこだわりや、コーディネートも含めて、日本の伝統を守りつつ、いわゆる「型」にはまらないまさに新しい時代の作品を見事に作り上げているんですね。あそこまでいくと芸術家の域を超えていますよね。撮影の時は、いろいろと着物を崩して着たりしたのですが、山石さんもとても柔軟性のある方で、何をしても「カッコよければいい」という考え方なので、撮影もスムーズに進める事ができました。本当に若いにもかかわらず、あれだけのたくさんファンがいるというのは、彼の作品だからこそだと思います。山石さんの着物を着るという事ってある種本当にステータスだと思える、本当に本物の着物をつくっているアーティストですよね。私も着物に袖を通す時はそれはそれは緊張しました。山石さんは、一生懸命さと、作品に対してしっかりとした土台を持っている着物の芸術家あり、職人さんだと思います。着物って金額も安いものではないけれど、幅広い世代の方に山石さんの作品を着てもらいたいですよね。私は彼の作り出す素材と、着物の柄などは海外でも高い評価を受けると思っています。そういうものを伝えるのも、私の使命かなあって……。
小野使命と言えば、藤沢市の親善大使にも就任されましたよね。これも杏里さんの新しい挑戦かなあと思います。アメリカと日本との橋渡しの意味も大きいそうですね?
杏里はい、そうなんです。以前もお話した事があったかと思いますが、いわゆる湘南地区だったり、江の島が神奈川県藤沢市にあるという事を知らない方も多くいらっしゃるんですね。また、藤沢市はマイアミビーチと姉妹都市を結んで50周年を迎えるという事ですので、日本のみならずアメリカの方も含めて、これから両市の発展に出来る限り貢献できたらと、いろいろ努力をしていきたいと思っています。今も、藤沢市の海老根市長さん、市役所のチーム、私のチームでいろいろなプランを練っていますので、これでまた少しでも変化があれば、やりがいがありますし、これもまた来年の目標の一つですね。
小野来年も素敵なことがたくさんありそうですね?
杏里今年は30周年ということで、ライブの原点に返ったものをみなさんにお届けしたいと、ほんとうに必死でした。絶対に何があってもファンの方々に喜んでもらいたい、期待を裏切りたくないという信念が、もう、半端じゃなかった。この気持ちを、来年ももっとバージョンアップさせていきたいと思っています。
小野まだまだですね。杏里さんにしかできないことを、もっともっとやってください。期待しています!
杏里はい、まだまだですね。いろいろな意味で非常に充実した30年間でした。一言では表現はできないくらいたくさんのことがあったけど、気がつけば目標や、予想外の夢や、やりたい事は100%以上全てをかなえられた気がします。だからと言ってそれに甘んじる事なく変わらず自分らしいペースはそのまま守っていきたいと思っています。やはり、いろんな方に支えられて、ここまで精一杯頑張ってこられたように思えます。これからもっとストイックにさらに、身を引き締めてしっかりと皆さんの為に、音楽づくりのみならずいろいろな事をこれから企画していきたいと思います。これからも、変わらずに頑張りますので、よろしくお願いします!